研究概要 |
本研究は、気体ヘリウム原子(He原子)をレーザー冷却によって極低温まで冷却し、世界で未だ実現されていない気体ヘリウムのボーズ・アインシュタイン凝縮(BEC)を実現することを目的とするものである。BECを実現するには、極低温下で高密度のHe原子を真空中にトラップする必要があるが、その妨げとなる最も大きな原因は、準安定励起状態にいるHe原子同士の衝突によるペニングイオン化である。したがって、このイオン化過程を調べることが、BECを実現する上で非常に重要となる。本研究では、残念ながらHe原子のBECの実現には至らなかったが、極低温に冷却された気体He原子のペニングイオン化速度を詳しく調べることができた。特に、常温の場合とは異なり、極低温での衝突イオン化速度は、^4Heとその同位体である^3Heとにおいて大きく異なることが、実験的および理論的に初めて明らかにされた。 レーザー冷却・トラップされたHe原子同士の衝突には、2s^3S状態の原子同士の,衝突(S-S衝突)、および2s^3S状態の原子と2p^3P状態の原子との衝突(S-P衝突)の2種類ある。このうち、S-S衝突におけるペニングイオン化速度は、温度0.5mKにおいて、^4Heに対しては(3.8±1.1)×10^<-10>cm^3/s、^3Heに対しては(1.1±0.4)×10^<-9>cm^3/sと求められ、後者は前者よりも実に3倍も大きいことが分かった。理論的な解析の結果、これは、イオン化衝突が最低次の部分波(s波)のみで起こるのに十分低い温度であるために生じた結果であることが分かった。このような単一の部分波の衝突では、それぞれの同位体の量子統計対称性の違いが露骨に現れるためである。一方、S-P衝突に関しては、どちらの同位体に対しても二桁程度大きなイオン化速度が得られたがその同位体差は1.7倍程度と小さかった。これは、S-P衝突においては、このような低温でも最大6次までの部分波が寄与するため、同位体の量子統計対称性の違いがぼやけてしまうためであることが分かった。これらの結果は、近い将来のBEC実現のために大いに役立つと考えられる。
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