本研究は、歯冠の前後長、歯冠高、鋸歯の有無から、現生の爬虫類の中では肉食恐竜の歯に最も近似した歯冠をもつとされる、オオトカゲの現生種をもとに、鋸歯の個体内変異を明らかにすること、植物食のイゲアナの小鋸歯における変異との比較、変異のモフォメトリックス的な記載方法を確立することを目的とした。計測に使用したマライオオトカゲには、上顎に14本、下顎に12本、計52本の歯が認められた。前上顎骨歯2本と上顎骨の前方の4本、歯骨の前方の4本には鋸歯が発達しないため、鋸歯については32本分のデータが得られた。前上顎骨歯以外は、歯冠の形態の変異はほとんどなく、歯冠の計測値を分類形質に仕様する妥当性を指示した。一般的には、歯冠の前縁と後縁に鋸歯が発達するが、上顎の前縁にはほとんど発達しないこと、鋸歯は下顎の方が明瞭に発達することなどのパターンは見られたものの、鋸歯の大きさや数には著しい変異が認められ、鋸歯の計測値の形態化には慎重を要することが指摘された。計測に使用したイグアナには、上顎に12本、下顎に12本、計48本の歯が認められ、マライオオトカゲと同様の計測を行った。顎の前方から後方に3種類のタイプの歯冠を持ち、部位による歯冠の形態の違いが明確であることが明らかになった。小鋸歯についてはマライオオトカゲ同様変異が著しく、同じ位置でも、生え替わる歯と現在使用中の歯との間に差異が認められるなど、鋸歯形質の不安定さが指摘された。また、比較のためにヴェロキラプトル(肉食恐竜)を歯骨1点計測したところ、ヴェロキラプトル亜科の共有派生形質である「前縁の鋸歯が後縁の鋸歯よりも著しく小さい」という」形質状態を示すものの、Ostrom(1969:40)、Farlow(1991:176)などで報告されてた前縁38〜40個、後縁25〜26個の様な著しい差を示すものではなかった。ヴェロキラプトルにおいても鋸歯の大きさ種内変異が大きいかも知れない可能性が示唆された。
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