Hは、最も軽い元素であり、その運動は、時として古典力学より量子力学で記述される方が適切なことがある。表面に吸着したH原子も例外ではなく、Hは各サイト間をトンネル拡散することができる。熱拡散の活性化エネルギーは振動エネルギーと同程度であるため、振動励起状態にあるHは、量子力学的に非局在化しており、振動準位が有限の幅をもったバンド構造を形成することが理論的に予測されている。ちょうど、ブロッホ状態にある電子と同じことが、表面のHにも言えるわけである。 Ni(111)表面におけるHでは、バンド幅は基底状態で数meV、励起状態では数十meVと見積もられている。本研究では、高分解能電子エネルギー損失分光装置を整備して、Pd(110)、Ni(111)、Rh(111)表面におけるH原子の量子的非局在化の研究を行った。Pd(110)の振動スペクトルには、表面被覆率θ依存性が観測され、量子的非局在化モデルを仮定した理論計算との比較から、水素は、この表面では量子的非局在化を示すことがわかった。Ni(111)表面では、(2×2)-2H構造に対して、17、90、96、135meVにピークが観測された。90、96meVはそれぞれ、hcpサイト、fccサイトに吸着したHの非対称伸縮振動である。本研究で初めて、2種類の吸着サイトの分離に成功した。17meVのピークは、基板のフォノンである。θ〜0.2でもこのピークは観測されることから、(2×2)-2H構造は島状成長することがわかる。低被覆率では、島状成長した(2×2)-2H構造と格子ガスの2相分離状態にある。θ<0.1では、90と96meVのピークの他に、60-70meVから110meVまで拡がっていると思われるブロードなピークが観測された。このブロードなピークは格子ガス相に対応しており、Hの励起状態が量子的非局在化を起こしていることと関係していると考えている。Rh(111)についても、同様の実験を行った。量子的非局在化を示す実験的証拠は得られなかったが、分解能が7-8meVと悪いためであるとも考えられる。
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