研究概要 |
結晶のなかで分子が運動していることは古くから知られているが,その多くは平衡構造付近での微小振幅の熱振動や分子全体の回転振動であり,大振幅分子内運動や配座変換の例は少ない.本研究では,ある種の化合物は結晶中において,分子の形を大きく変化させる配座変換が起こっていることを明らかにした.スチルベン型化合物の結晶では,分子の向きが互いに180°異なるような配向の乱れ(orientational disorder)がしばしば観測される.この配向の乱れについては古くから繰り返し研究が行われてきたが,それがダイナミックなものであるかどうかは不明であった.本研究では,アゾベンゼン類の温度変化X線結晶解析から,この配尚の乱れが温度の低下とともに消失することを見出し,それが,自転車のペダルのような動きによる配座変換に由来することを明らかにした.すなわち,すなわち,N--Ph結合のねじれ振動が,2つのベンゼン環を互いに平行に保ったまま,結晶格子に対するベンゼン環の配向を変化させずに,中央の二重結合部分が変化するようにして起こる.この振動の振幅が非常に大きくなると,C(sp^2)-N=N-C(sp^2)ユニットがベンゼン環に対して垂直になった構造を経て,配向が180°異なる配座へと変化する.2つの配座の結晶中での安定性は異なるため,その存在比は温度によって変化するのである.この現象は,結晶の物性発現の機構や結晶中の反応性との関連からも興味深い.
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