研究概要 |
有機合成化学における還元反応は、酸化反応と共に重要な反応であり、特に、遊離基的還元は官能基選択性やその手軽さから多方面で利用されている。一方、スズ化合物の毒性を考慮すると、ヒドロシランを同様な反応条件で還元剤として利用できれば、完全なスズ代替品となるが、ケイ素一水素の結合解離エネルギーは大きく、修飾シランの合成の検討を要する。近年、(Me_3Si)_3SiH(1)や(MeS)_3SiH(2)などが目的に合致する化合物として報告されているが、これらの合成はそれほど容易ではない。先に我々は、9,10-位にケイ素原子を含むアントラセン誘導体(3)が還元剤として有効であることを報告し、中間に生成するシリルラジカルの安定性が重要であることを提案した。本研究では、このシリルラジカルの安定化因子を解明して次なる還元剤の分子設計を行うことを目的とした。 化合物1や2が還元剤として有効であるのは、生成するシリルラジカルが超共役により安定化されるからであると言うのが現在の通説である。それに対して我々は、3に於いては9-位に生成するラジカルは10-のケイ素原子のd軌道との(p-d)π渡環相互作用またはベンゼン環との共役により安定化されていると考えた。そこで、10-位にイオウ原子を導入したアントラセン誘導体を合成し、その還元性を確かめ、期待するような結果を得た。また、ナフタレンの9,10-位にシリル基を導入して(p-d)π隣接基関与を目論んだが、結果はあまり好ましくなかった。これは立体障害による2つの置換基の位置関係が好ましくないことが推測された。現在は、種々の置換基を持つ3の合成とそれらを用いた光化学的に発生させたシリルラジカルの安定化反応を検討しながら安定化因子の解明を行っている。
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