本研究では、吸着分子の中性励起状態および負イオン状態の分光的、動的性質を解明し、表面吸着分子の光化学反応を理解するための基盤を作ることを目的とする。この目的のためには、フェムト秒レーザーを光源とした2光子光電子分光法を発展させ、電子分光の高分解能化と電子励起状態の時間分解測定の両立を図る。本課題では特にCu(111)面に吸着したベンゼンを対象として吸着由来の電子状態の分光を行った。 分子が金属表面に吸着すると結合由来の占有準位(結合準位)と非占有準位(反結合準位)とがフェルミ準位の近傍に生成されると一般的に考えられる。表面での化学反応においては、これらの準位がフロンテア軌道として働くので反応の理解にはこれらの準位の分光情報は不可欠である。しかし、従来の測定法では基板の電位状態に隠されて結合由来の電子状態を観測するのは容易ではない。ここでは、2光子光電子分光を利用してベンゼンと基板との間に生成された結合由来の結合準位と反結合準位を観測することができた。吸着ベンゼンの電子励起状態はE_Fの1.0eV上に観測された。この励起状態はエネルギー的に気相ベンゼンの最低3重項状態と近い。また、数本の微細構造が観測され分子の振動構造との関連に興味が持たれる。また、吸着由来の占有準位はE_Fの0.3eV下にが観測された。結合に関与する電子数は基板中のものに比べて遥かに少ないが、ここでは鏡像準位への共鳴によって吸着結合準位を高感度で検出できた。両準位がE_Fの上下で分離していることは理論との比較でも興味深い。 光電子の角度分解測定から吸着由来の結合準位が表面上の電子の運動量に対して分散することが明らかになった。分散があることは、結合状態の波動関数が空間的規則構造を持って広がっていることを示しており、吸着分子間の長距離相互作用の原因を示唆していることは表面反応を考える上で興味深い。
|