研究概要 |
本年度の主要な研究成果は次の2点である. 1. 伊那谷におけるアオオサムシとテンリュウオサムシの交雑帯 伊那谷各地の標本を分析し,天竜川に沿った形態のクラインの実態を明らかにした.形態のクラインはシグモイド型曲線に適合した.交雑帯の中心ともいえる変換点は天竜川右岸ではより下流に,左岸では上流に存在した.この変換点付近で交尾器形態(交尾片形態)の変異は急激(不連続的)で,変換点付近での交尾器形態は,実験的に得られた雑種に類似しており,交雑の繰り返しによって,雑種起源集団が形成されていることが示唆された. 2. 本州中部におけるアオオサムシ種群の種間交雑によるミトコンドリアの種間浸透 交雑による遺伝子浸透の可能性があるアオオサムシ種群の4種,アオオサムシ,シズオカオサムシ,ミカワオサムシ(亜種テンリュウオサ,カケガワオサを含む),マヤサンオサムシについて,各地から標本を採取し,ミトコンドリアDNAのND5遺伝子領域の塩基配列を分析した.アオオサムシでは,まったく異なる2つの系統が存在し,そのひとつは,伊那谷と木曽谷におけるテンリュウオサとの交雑によって浸透したものと推定された.シズオカオサは最も多型的であったが,野外で局所的にアオオサとの雑種が見いだされ,かつアオオサから浸透したと推定されるミトコンドリアが検出された.マヤサンオサはアオオサと側所的に分布するが,そのミトコンドリアの一型は,アオオサとの交雑に由来する可能性があった.また,これらの種のミトコンドリアの分子系統においては,交雑によると考えられる部分を除外しても,種ないし亜種ごとの単系統性をみとめることはできず,ミトコンドリアの祖先的多型の影響が存在することが示唆された. 以上から,アオオサムシ種群は,交尾器形態と分布から明確に認識できる種・亜種が存在するにもかかわらず,その集団間でなお遺伝子交流を行っていることが分かった.
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