本研究では、有明海においてニシキウズガイ科の巻貝イボキサゴの生息が確認されているすべての砂質干潟における個体群組成と分布の調査を行い、メタ個体群全体の絶滅危険度を判定した。さらに本種への加害作用が確認されているニホンスナモグリ(甲殻+脚目)の干潟における生息状況と有明海における浮遊幼生の分布も調べ、イボキサゴ個体群に対する影響も評価した。イボキサゴのメタ個体群の分集団としては、天草下島東岸(6ヵ所)、大矢野島(1ヵ所)、島原半島南岸(2ヵ所)が確認された。このうち、干潟内の分布範囲、密度の高さ、年齢組成(年輪による)からみて、最も健全なのは天草下島の南側3ヵ所の個体群であった。ただし、2+以上の個体は少なかった(本種の寿命は4-5年)。北側3ヵ所の個体群は、南側から幼生を受け取るだけのsinkであろう。大矢野個体群は極めて小集団が残っているのみであり、まもなく絶滅するであろう。島原個体群では、最高の個体成長率がみられ、年齢組成も健全であったが、分布範囲が狭く低密度なので絶滅の危険が高い。天草下島の南側3ヵ所を除き、いずれの場所でも高密度かつ広汎にニホンスナモグリの巣穴に覆われていた。この状況下では、たとえイボキサゴの幼生が着底したとしても、その後の生残率はきわめて低くなると予想される。天草下島の南側3ヵ所では、ニホンスナモグリの密度が低かった。これは干潟沖合いにおける浮遊幼生の密度が低いことと、干潟面積が最も大きいことによるものである。イボキサゴに関する結論として、成体の死亡率が高い一部地域個体群のみをsourceとしている現況では、有明海個体群は危険な状態にあるといえる。来年度以降は、イボキサゴ・ニホンスナモグリ両種幼生の分散と回帰を決定する平均流・潮汐流など流れの場を把握し、さらにイボキサゴ個体群構造の変化を継続して追跡する予定である。
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