昆虫の脳のキノコ体は連合記憶や運動制御に関わる高次中枢である。本年度は、まずキノコ体での匂い記憶の神経機構を明らかにするための新たな実験系の確立を目指し、匂いと砂糖水(報酬〉との連合学習がワモンゴキブリで成立するかについて調べた。未訓練のゴキブリにバニラとペパーミントの2種類の匂いを同時に与える選択実験を行うとほとんどのゴキブリはバニラの匂いを選択した。しかし、ペパーミントの匂いを砂糖水と連合させる訓練を1-3回行うと、ゴキブリはペパーミントの匂いを有意に高い確率で選択するようになった。1回の訓練では匂い記憶の保持時間は数時間程度であったが、2回の訓練では記憶は少なくとも1日は保持され、3回訓練を行うと少なくとも1週間は保持された。学習が成立した個体でバニラの匂いと砂糖水とを連合させる逆転訓練を行うと、有意に高い確率でバニラを選択するようになり、記憶の書き換えが成立した。これらの成果は、今後、匂い学習成立の前後でのキノコ体出力ニューロンの活動の変化を生理学的に調べるための基盤となるものである。 さらにゴキブリのキノコ体の出力ニューロンに微小電極を刺入して細胞内記録を行い、種々の匂い刺激への応答を調べた。記録終了後にはルシファーイエローを注入し、さらに抗ルシファーイエロー抗体染色を行ってその形態を詳細に調べた。キノコ体出力ニューロンの大部分は前大脳側角に終末突起を広げていたが、ニューロシによって側角内での終末突起の分布が異なることが明らかになり、側角内には投射するニューロンのクラスによって区別できる複数の小領域があることが示唆された。
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