サケ科魚類は、稚魚期・幼魚期に母川の匂いを学習により記憶し、成熟後この匂いの記憶を頼りに母川に回帰する。しかしながら、嗅覚記憶に対応した神経活動(neuralcorrelate)や嗅覚記憶の形成/読み出しの機構に関しては、殆ど分かっていない。母川回帰の嗅覚機構を明らかにする目的で、(1)河川水に対する脳波応答を解析し、母川選択行動との関連性を調べる、(2)人工的なY迷路中で母川選択行動を行なわせる、(3)人工的なY迷路中で母川を選択している最中のヒメマスから、嗅覚神経活動を記録・解析する、(4)記憶の要素的過程と考えられているシナプス伝達の長期増強(LTP)が、魚類(コイ・ヒメマス等)の嗅球(第1次嗅覚中枢)で生ずるかどうか調べる、(5)嗅球のin vitro実験系を開発して、LTPのメカニズムを分子神経薬理学的に明らかにする、ことを目標とした。 その結果、(1)河川水に対する脳波応答を記録し、母川選択行動との関連性を調べた。主として上流にある養魚施設から出る匂い物質(フエロモン、餌の匂い)による大きな脳波応答が見られた。また、母川水および非母川水を脳波的に識別できることも判明した。(2)Y迷路中で母川選択行動を行わせ、母川選択行動を実験行動学的に解析した。母川側のアームに速やかに遡上すること、さらに、嗅覚を閉塞すると母川と非母川を識別できなくなり、また、遡上行動が著しく阻害されることが判明した。(3)コイ嗅球のin vitro実験系を開発し、シナプス長期増強(LTP)のメカニズムを分子神経薬理学的に調査した。現在のところ、グルタミン酸受容体の阻害剤であるキヌレン酸によりシナプス伝達が阻害されることが判明している。
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