研究概要 |
昆虫の触角からの感覚情報が,脳内でどのように処理・統合されているかを明らかにするため,ワモンゴキブリを用いて生理学的・形態学的なアプローチを試みた.触角にある感覚子には,嗅い,温度,湿度,機械刺激を受容する感覚細胞があり,それらの軸索は触角神経の束となって脳に感覚情報を送る.脳における触角感覚情報の一次処理中枢は中大脳である.中大脳には,触角感覚細胞の軸索と様々なタイプの中大脳介在神経とがシナプス連絡をする糸球体と呼ばれる構造があり,その部域を特に触角葉と呼ぶ.それぞれの糸球体には同じ種類の感覚細胞からの軸索が投射していると考えられる.また中大脳には,糸球体構造がない部域もあり,そこを触角葉に対して背側葉と呼ぶ.触角感覚細胞の刺激応答記録と染色の結果から,中大脳には感覚情報の投射に関してモダリティ特異的な部域性が存在することが示唆された.すなわち嗅覚情報は触角葉の糸球体へ,機械感覚情報は背側葉に,そして温度・湿度感覚情報はその両者にはさまれた部域の糸球体に投射する.一方中大脳からより高次の中枢である前大脳への中大脳投射神経の上行経路として,前大脳の内側前方から外側後方へ順番に5つの経路が報告されている(ACT I-V).その中にはキノコ体傘部と前大脳側葉に終わる経路と,側葉のみに終わる経路がある。我々の生理学的・形態学的実験から以下のような結果が得られた.嗅覚情報を担う投射神経の軸索はACTIあるいはACTIIを経由して、キノコ体傘部の周縁部から中間部と側葉前方部に終末する。機械感覚を含む多種感覚情報を担う投射神経の軸索は、ACT IVとVを経由してキノコ体傘部の基部から中間部にかけての表層付近と側葉後方部に、あるいはACT Vを経由して側葉後方部のみ終末する。さらにキノコ体傘部での投射神経を含む入力繊維の終末の観察から,入力繊維の機能と関連づけられるキノコ体傘部の部域性も示唆された.
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