本研究で、裸鰓類の一大グループ、ミノウミウシ類に見られる複雑な「種と変異の問題」を形態と分子の両面から検討した。たとえば、Facelinella quadrilineataの色彩変異とされていたものを詳細に分析・検討したところ、雄性生殖器の輸管のつながりと形に決定的な差が見つかった。そして、この種差は、色彩変異とされていた2型と完全に一対一の対応をしていた。一方、見かけが著しく異なるSakuraeolis属2種について解剖所見を比較したところ、歯舌以外に明瞭な違いはまったくなかった。この事実こそが、博物館標本の同定による混乱が長く続いてきた主要な原因であることが判明した。本邦初記録として認定されたChlamylla atypicaの色彩変異については、内部形態にまったく違いを見い出すことができず、同種であると判断された。さらに、ミトコンドリアDNAの塩基配列によって検討したところ、異なる変異集団は遺伝子プールを共有していることが判明し、形態による同種としての判断の妥当性を強く指示した。この場合の色彩変異は、食べている餌生物の違いによって生じていると推察された。こうした知見の集積によってわかったことは、色彩パターンなどの些細な外部形質の違いだけでも、それに基づいて種差とすることはほぼ問題なく出来、内部形態で明瞭な差が見つからなければ分子でもまず違いがでない、ということがわかった。これらに基づいて、写真に基づく同定の可能性の範囲を拡げ、画像データベース活用の正しい用い方を提案することもできる。また、本研究の結果から、属位の廃止や拡張に至った例がある。本類の種分化は、生殖器に些細な形態が生じることによって進んだと解釈するのがもっともふさわしいと考えられる。Pteraeolidia ianthinaの色彩変異の色彩変異と関連して調べている共生藻の取り込み過程は、地理的分布の違いによってまったく異なっている可能性があることを明らかにした。これら一連の知見は、ミノウミウシにおける隠れた種の形成過程に関する研究を発展させていく基礎となるものである。
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