母性遺伝するミトコンドリアDNAにみられる変異を遺伝標識に用いて、各地のニホンザル地域個体群の比較を進めている。分析方法は従来から行ってきた制限酵素切断片多型の検索に加え、Dループ領域の可変域を含む部分の塩基配列比較も今年度より開始した。東日本地域の約40地点由来の試料を調査した結果では、19種類の制限酵素の切断片多型分析により少なくとも15種類のハプロタイプが区別できた。これらの変異の地理的分布には顕著な特徴が認められ、特定地域個体群の内部では遺伝子のタイプが均質である一方、地域個体群の間には地域によってタイプに明瞭な差異が観察された。こうした遺伝子分布の特徴を規定する要因としては、群れが限られた母系で構成され、オスとは対照的にメスの移住が基本的にないことが強く影響していると予想された。また、調査した地域のうち、北関東から東北地方に分布するニホンザルではミトコンドリアDNAのタイプが極端に均一であることが明らかになった。この原因としては、過去の分布地域の変動の影響が予想され、最終氷河期以降に東日本地域で祖先の分布域が急速に北上したことを反映する可能性が考えられた。Dループ領域の242塩基対の配列を決定した結果、制限酵素の分析で区別できたハプロタイプがさらにいくつかのサブタイプに分類できたが、タイプ間の関係については、制限酵素による分析の結果と高い相関があることが確認できた。さらに、すでにニホンザルが絶滅してしまった東北地方の地域で魔除けとして民家に保管されているサルの頭蓋骨からDNAを抽出し、絶滅したサルのミトコンドリアDNAタイプを塩基配列分析で進めたところ、岩手県の一部に他の東北の地域と系統的に異なる個体群が存在していたことが明らかになってきた。現生のサルから得る試料に加え、遺跡から発掘された骨についても今後分析を重ねる予定でいる。
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