兵庫県佐用郡船越山および京都市嵐山において、ニホンザルの所有行動に関する資料を収集した。ニホンザルの社会において、所有にかかわる社会交渉は、彼らの日常生活の諸場面で随所に見られると言ってよい。そして、彼らの所有の根底を支えているものは、ニホンザル社会のもっとも重要な骨組みとなっている「順位」とは、むしろ無縁のものとして機能しているように思われる。 餌場にある食物は、野生の葉や木の実などの採食対象に比べ、彼らがより真剣に所有を主張する対象である。それを獲得するか否かの過程には、優劣が露骨に現われ、攻撃行動を伴うことも少なくない。しかし、いったん食物が獲得されたあとは、無理やりにその食物を相手の手や口から奪い取るという行動は抑制されている。餌場では優位者の攻撃行動が目立ち、あたかもそれが彼らの間の秩序を維持しているかのように見えるが、より重要なのは優位者と劣位者の双方による黙認であろう。この黙認があってはじめて共存が可能になっていると言ってよい。劣位者は常に優位者に譲ってばかりいるわけではなく、彼らも機会さえあれば餌を獲得する。後ろ盾になってくれる母親やオスが近くにいれば、劣位者であっても精一杯抵抗などして、所有を主張することは珍しくない。こういったことを可能にしているのは、他者が手にしている物に対してよく守られている社会的抑制である。優位者にも劣位者にも認められる自制は、とくに血縁関係にある個体間や特異的近接関係にある個体間に明瞭に現われ、そこでは優劣とはほとんど無緑の交渉が成立している。そして注目すべきことは、稀に幼少個体に対して認められる略奪が、けっして攻撃行動を伴わないことである。優位性は確かに先取権や占有権を支配するが、食物の所有のルールは、優劣のルールに従属するものではないと考えられる。
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