本研究は、ニホンザルを主な調査対象として、食物分配が見られる以前の社会における所有の問題を、自他の認識や社会的コミュニケーションのメカニズムにかかわるものとして捉えなおすことを目的としている。ニホンザルの所有にかかわる社会交渉は、日常生活の諸場面で随所に見られたが、より明瞭な場面は餌場での採食時であった。採食場面では、優劣が露骨に表れ、攻撃行動を伴うことも少なくなかったが、いったん食物が獲得された後には、その食物を奪い取るような行動は抑制されていた。このような抑制が崩れる場面に、「早い者勝ち」状況と、主に血縁者による赤ん坊からの「略奪」や「ひったくり」があった。とくに、後者では攻撃行動が欠如していた。遊びの場面では、石遊びや枝を用いた遊び、ガラスの破片や空き缶などを保持する行動が観察された。これらの物に対する執着が社会的な遊びを誘発することもあったが、物の奪い合いによって攻撃行動に発展することはなかった。子守りの状況でも、子守りをしようとする側には攻撃的な要素は見られず、その所有者(赤ん坊の母親)が自分よりも劣位な場合でも、グルーミングなどの宥和的な交渉に誘うといった行動が観察された。 このような社会的抑制と宥和的な手続きを伴う相互許容性の原理が社会的な規範としての所有の成立に不可欠であると考えられる。食物分配が生じるチンパンジー属では、所有は社会的コミュニケーションの中でより直接的に社会的な意味を担っている。
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