本期究の目的は、エルビウム添加多孔質シリコンに高速短波長の励起光パルスを照射し、生ずる多孔質シリコンからの可視域発光と添加エルビウムからの赤外域発光の時間的相関関係を実験的に把握することによって、両者間のエネルギー伝達過程をモデノ化し、多孔質シリコンに添加したエルビウムからの波長1.54μm発光に係わる励起機構を明らかにすることである。 抵抗率10〜20Ωcmのp型シリコン基板を陽極化し、得られる多孔質シリコンに液浸法を用いてエルビウムを添加した後、熱処理による光学活性化を行って試料を作成した。この試料に対してパルスレーザー光励起による時間分解発光分光測定を行い、可視域と赤外域の発光応答の時間的差異を調べた結果、励起光によって多孔質シリコン中に生成された電子・正孔対とエルビウムイオンとの間のクーロン相互作用に起因する発光中心(仮想準位)の存在を想定することの必要性が明らかとなった。 発光励起機構の解明に関連して、試料の局所構造をX線吸収微細構造分光によって調べた結果、エルビウムと酸素が近づいた非対称六配位構造が発光の要因であることが分かった。また、電界印加によって電子・正孔対の解離に起因する消光を調べた結果、電界が臨界値を超えると発光は急速に減少することが分かった。さらに、レーザーアブレーションで作成したエルビウム添加微結晶シリコンの光励起発光分光を行った結果、その発光過程は多孔質シリコンの場合に類似していることが分かった。 これらの諸結果を踏まえ、発光中心(仮想準位)を介する励起エネルギーの伝達機構を想定して励起緩和過程のレート方程式を解くと、実験結果と理論値との間に極めて良い一致が得られた。こうして、波長1.54μmの添加エルビウムからの赤外域発光は、母体である多孔質シリコンで生成された電子・正孔対からエルビウムへのエネルギー伝達、という間接励起によることが結論づけられた。
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