瀬戸内北岸の各県の調査を通じて、花崗岩産出地で特異的に見られる石造土木構造物を、(1)近世・近代を通じて河川・港湾施設の定型的パターンであった「巻石」、(2)近世の干拓樋門や橋桁・橋脚に使われた「巨石」の2種類に大別した。 「巻石」は、河川では高瀬舟の舟着場、水制、導流堤、洗堰などに用いられ、港湾では防波堤が主たる対象であったことが判明した。築造時期は江戸初期から大正・昭和戦前期まで広く分布し、また、岡山・山口を中心とするものの、熊本県ほか各地にも散見されることも判明した。巻石は、西洋の近代技術で造られる河川・港湾構造物が、コンクリートを主体とした直線的で人工的な印象の強い物体であったのに比べ、石で曲面を表現した柔和で自然に逆らわない日本独自のデザイン的成果と高く位置付けてよいとの確信も得られた。なお、曲面が採用された理由は、流水や波力の抵抗を減らすため、あるいは、荷役の容易さのためと推定される。 「巨石」は、石樋門、石桁橋、石刎橋、木桁橋の石橋脚、土木構造物以外では、鳥居や墓碑など近世で定番的に使われたもので、「巻石」が火山岩地帯の熊本にも多数分布しているのに比べ、僅かな例外を除いては、硬質の花崗岩地帯にしか分布していないことが判明した。同じ石造構造物でありながら、石樋門や石桁橋で使われる全長10mにも達する花崗岩の一本柱は、極めて雄壮で造形美溢れる素材であり、それがこの地方の地域性となっている。 2年目である平成10年度には、花崗岩地帯にある滋賀の石桁橋、凝灰岩地帯にある有明海沿岸の防波堤と干拓樋門、大分の石アーチ橋、石灰岩地帯にある沖縄の各種石構造物(石牆、門、樋井、城郭、墓所)の現地調査を行ない、岩質と構造形態・石材加工技術の間の関係(あるいは関係のないこと)を明確にした。すなわち、「巻石」は岩質によらず全国的に見出される近世日本の特徴的な構造物であり、一方、「巨石」は花崗岩地帯、それも、海岸・島に石切場をもつ瀬戸内海特有の構造物であることが確認された。
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