1. 本年度は、レンガ建造物である福島県柳津の銀精練所跡のレンガ煙突の凍結劣化状況の調査を行った。このレンガ煙突は、下部1m程度の高さまで、最大50cmほどレンガがえぐられる様に崩れていた。これは冬期間の積雪により、十分に水がレンガに供給され、凍結劣化が激しかったためと考えられる。この様にレンガ建造物中の水分分布、水分移動速度が、凍結劣化とその防止対策を考える上で重要であるため、降水量や可能蒸発散量などの気象条件をもとに、レンガ建造物中の水分分布を予測する有限要素法を用いた解析手味の開発を行った。この解析手法は、乾燥地で見られる塩類風化現象にも適用できる。本解析手法は、関連学会で報告し、当所の紀要などを通じて公表した。 2. 凍結劣化現象の基本的なメカニズムは、凍上現象である。この凍上現象は、多孔質材料が凍結する際に、凍結面へ水が吸い寄せられ、そこで氷晶析出することにより膨張し、この膨張圧が多孔質材料を劣化させる。この、メカニズムを明らかにするため、ガラスビーズを用いた凍結実験を行い、温度条件と氷晶析出速度との関係を求め、結晶成長理論をもとにした凍上モデルとの比較を行った。この研究成果は、国内外の関連学会で発表すると共に、関連学会の学会誌に公表した。 3. 石造文化財を構成する大谷石などの多孔質材料は、氷晶圧が、岩石の引張強度を上回ったときに、クラックがはいり、破壊すると考えられる。この過程は、熱力学的には、クラペイロンの相平衡の式から説明される。本年度も、昨年度から継続して、大谷石を用いた凍結実験を行った。実験では、氷晶析出過程を顕微鏡で観察し、温度条件を精度良く測定することによって実験結果と熱力学理論との比較を行い、氷晶析出過程のモデルを提案した。この研究成果は、パリで開催された国際冷凍学会で発表した。 4. 大分県の元町大仏や臼杵の石仏などでは、塩類風化が見られる。この塩類風化現象は、石材表面から水分が蒸発する際に、塩類が析出し、その析出圧で多孔質体が劣化すると考えられている。この現象は、凍結劣化と物理的な現象としては同じであり、水分移動、塩分移動、熱移動を表現する偏微分方程式はほぼ同じである。今回の科研費を用いた研究は、主に寒冷地の文化財の劣化機構、保存対策に関する研究であった。この研究は、今後も継続していく予定である。一方、現在までの研究成果は、モヘンジョダロやタイの歴史的レンガ建造物の塩類風化による劣化機構、保存対策を考える上で有効であり、今後は、塩類風化現象へも研究範囲を拡大していく予定である。
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