品質管理に関する用語の変遷をとらえるために、本年度の研究では明治の開国から始まる建築学の黎明期の中で、architetureの訳語として使用された「造家」と「建築」の二語について、その意味するところを明らかにした。さらに大正の初め米国から輸入された品質管理の新しい方式である「科学的管理法」と建築界の関係解明を主題とした。用語「造家」と「建築」は本来的には同じ意味を持つが、工部大学校規則、建築の教科書、建築学会雑誌創刊号等を資料とした結果、前者は主に工部大学校造家学科を中心に使用され、後者は一般的(建築の分野以外という意味で)に使用された経緯があり、かつ明治の半ばから「建築」が「造家」を駆逐したことが解明できた。他の外来の建築関係の用語であるBuiding、constructionを「建築」が含むために、本来のarchitectureの意味が不明確になった。このことは、一昨年度の研究対象であった「建築家」の呼称が変遷したこととも関係し、その最初の概念規定の曖昧さ、あるいは「建築」のもつ多義性が、芸術か工学かという立場の違いから派生する様々な意見の相違を生み、混乱へ導いたといえる。この混乱は、用語が体言と用語の二様の働きをする「建築」に集約された結果といえる。新しい品質管理概念である「科学的管理法」は米国のテーラーによってもたらされたが、我が国での翻訳は、建築家の横河民輔のものを嚆矢とすることが今回の研究で明らかになった。しかし、片務契約に象徴されるような建築界にあっては、その適用に至らなかったが、他の産業界にしてもこの時代は品質管理と近代的生産を著わす用語である「科学的管理法」や「合理化」さえ十分にその差異が定義されない状況にあった。
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