研究概要 |
カイコ絹糸腺は,繭の主成分である絹タンパク質を専ら生産する組織で,前部・中部・後部の三つの部位に機能分化している。すなわち後部絹糸腺はフィブロインを,中部絹糸腺はセリシンを合成・分泌する。前部絹糸腺はこれらの絹タンパク質生産には与らないがプロトンポンプ(H^+-ATPase)であるV-ATPaseが存在することから,腺細胞の水分調節や絹タンパク質を貯留する腺腔のpH調節に関与していることが推定されている。本研究では絹糸腺細胞のV-ATPaseによる能動輸送系の実体を明らかにすることによって,絹糸腺の水分調節・浸透圧調節の機構,さらに腺腔pHの調節を通じての液状絹タンパク質の溶液内構造・物理化学的性質への寄与について考察し,カイコの吐糸生理の分子機構を解明しようとするものである。本年度は以下に記した成果を得ることができた。 1.前部絹糸腺細胞におけるV-ATPaseの免疫電子顕微鏡観察 工学顕微鏡レベルの免疫組織化学によって,V-ATPaseは前部絹糸腺細胞の腺腔側の表層に特異的に分布していることを既に明らかにしたが,さらに細胞内オルガネラのレベルでV-ATPaseの分布を電子顕微鏡で調べたところ,V-ATPaseは管腔側原形質膜に局在していることが明らかになった(1998年に論文発表,裏面参照)。 2.中部絹糸腺細胞V-ATPaseの存在 5齢幼虫期における急速な絹糸腺の肥大成長は,絹タンパク質の合成・分泌と並行しており,その主たる部位は,後部・中部絹糸腺である。絹糸腺全体の水分調節の働きを理解する上において,前部絹糸腺以外の,いわゆる絹タンパク質生産工場ともいえる後部・中部絹糸腺における能動輸送系の存否に着目することは重要である。中部絹糸腺におけるV-ATPaseの免疫組織化学から,中部絹糸腺細胞の腺腔側表層にV-ATPaseの分布を検出した。前部絹糸腺細胞と同様の分布を示したことから,絹糸腺は電気化学的電位差を形成する生理的仕事を絹タンパク質の濃縮・貯留と関係して腺組織全体で遂行していることを伺わせた。次年度では後部絹糸腺も視野に入れてさらなる検証を進める予定である。
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