研究概要 |
サーモライシン(TLN)は好熱性の亜鉛プロテアーゼである。我々はTLNの活性が反応液中に添加した塩濃度の増大に応じて指数関数的に増大し、飽和濃度(5M NaCl)では数十倍にも達することを見いだした。TLNは好塩性酵素である。本研究では、TLNの好塩性がどのような構造的原理によりもたらされるかを、主として蛋白質工学により解明しようとした。TLNに好塩性を賦与する要因として、溶媒と酵素表面との相互作用の変化(環境因子)と酵素の構造変化(構造因子)を検討した。環境因子の検討:塩による活性化はpHや温度に大きく依存した。NaClが存在しないときの活性に対する4M NaCl存在下の活性の比(活性化度)は中性pHで最大値をとるベル型を示し、pH5とpH10ではほとんど活性化が認められない。活性化は低温ほど顕著であり、高温ほど小さい。酵素表面のTyr残基のニトロ化とアミノ化の効果からTLNの好塩性は分子表面の電荷の変化に依存することが示された。一方、TLNの熱安定性も塩の存在下に増大することを見いだした。安定性は1-2M NaCl最大を示し、4M NaClでは塩が存在しない場合と同程度であった。1-2M NaClは変性の活性化エネルギーを2倍増大させた。塩の活性と安定性に対する効果は相互に独立した機構でもたらされるものと判断された。TLNの溶解度は可溶性蛋白質の中では著しく小さい(1mg/mL)。これはTLN分子表面が疎水性に富むことを示唆しているが、1-5Mの塩の添加により溶解度が20-70mg/mLにも増大することを見いだした。TLNの低溶解度は利用上の障害となっているが、塩の添加が溶解度、活性、安定性を顕著に増大させることから、本酵素の利用に塩が重要な役割を果たすことが示された。構造因子の検討:TLNの活性部位に存在しS2サプサイトを構成するTrp115が、好塩性に関与するClイオンおよびBrイオンと直接相互作用することを、紫外部吸収差スペクトル法により見いだした。この相互作用がTLNに好塩性を賦与する可能性を検討した。部位特異的変異導入によりTrp115を種々のアミノ酸に変換したところ、芳香族アミノ酸に置換した場合のみ活性が残り、他のアミノ酸(例:Leu,Val,Ile,Ala,Ser,Thr)では活性が認められなかった。115位の芳香族アミノ酸が活性に必須であることが示された。塩の存在下においてTLNの高次構造変化を、吸収スペクトル、蛍光スペクトル、円偏光二色性(CD)により検討したところ、目立った変化は認められなかった。塩の添加によりTLNは低活性型から高活性型へ移行すると考えられるが、このときの構造変化は微小である。270-290nmに芳香族のアミノ酸側鎖の状態変化を示す微小のCD変化が観察され,1-2M NaCl存在下に最大を示したことから、この構造変化は塩により生じる熱安定性の増大に対応している可能性が高い。TLNにより触媒される大豆蛋白質の消化とアスパルテーム前駆体(Z-Asp-Phe-OMe;ZAPM)の合成をNaClの存在下に検討した。ペプチドの加水分解とZAPM合成は4M NaClの存在下に飽和濃度の酵素を用いるとき60-120倍の活性増強を示したが、大豆蛋白質では、高濃度の塩により基質の凝集がおこり、活性増強は2-3倍にとどまった。
|