地球環境汚染物質の一つである有機ハロゲン化合物を分解し無害化する酵素の開発が急がれている。本研究ではタンパク質工学的手法を用いてPseudononas sp.YL由来L-2-ハロ酸デハロゲナーゼの基質分解機構を原子レベルで明らかにする研究を行ってきた。最初に行った野生型酵素の2.0A分解能結晶構造解析では、酵素二量体の各サブユニットがα/β構造の活性コア・ドメインと二量体形成に関与する4本の逆平行αヘリックスバンドル構造のサブ・ドメインからなり、ドメイン間接触面に活性部クレフトが存在することを明らかにした。次のS175A変異体結晶を用いた反応過程で形成される複合体の立体構造解析では、分子間架橋を施した結晶を基質溶液に漬けて調製した複合体結晶を用いて2A分解能でX線結晶構造解析した処、Asp10の側鎖カルボキシル基に基質がC2-炭素で共有結合してできたエステル中間体の構造を明らかにすることができた。エステル中間体では、Asp10-Thr14の領域が活性部の方へ移動し、求核残基Asp10の側鎖カルボキシル基が回転するようにコンホメーション変化して基質のC2-炭素と共有結合している。基質は塩素が脱離しC2-炭素の絶対配置が反転してD-異性体になり、更にSer175のヒドロキシル基近傍の空間にエステル加水分解に関与すると思われる水分子が新たに見つかった。L-2-ハロアミドを基質にすると、基質由来の塩素イオンと考えられる電子密度ピークがArg41の側鎖グアニジノ基の先に現われた。このことはArg41がハロゲン原子の引き抜きに関与していることを大きく示唆している。また、基質のカルボキシル基は、Ser118の側鎖ヒドロキシル基やAsn119の主鎖アミノ基との水素結合で安定化され、基質のアルキル基は、疎水ポケットに挿入され疎水的相互作用で安定化されている事が明らかになった。
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