研究概要 |
平成9年度には、沖縄県の西表島、東北地方北部等の採集旅行を試み、地衣類からの単離菌(=地衣菌)が興味深い成分を作るグループと、著者らが位置づけているLecanora属やGraphis属などのサンプルの採集に成功した。これらの地衣菌を高濃度のしょ糖を添加した培地で培養し,その中で大量に成分を生産する種の株のスクーリニングに取り組んでいる。そのうちの5種が、自然界の地衣類では見られない赤色色素などを大量に生産した。それらの各々を大量培養し、その化学構造を順次決定していく予定である。この1年間の主な実績は次の通りである。1)地衣類チャシブゴケLecanora nipponicaからの地衣菌を培養したところ、地衣類でみられなかった新規の物質であるナフトキノン誘導体の色素などが検出された(98年3月農化学会発表)。2)日本産Graphis属のものに、ヨーロッパ産のものと同じ新規の化学成分を生産するものが見つかった。地衣菌の2次代謝産物生産能は、自然界では発現されなくとも、広い分布域の個体によって保持されている安定した形質であることがわかった(98年9月植物学会発表予定)。報告者らによってすでに構造決定されたものを含めて、地衣菌から検出される成分を見ていくと、多くの成分は、共生体である地衣類で生産されるいわゆる地衣成分とは異なり、一般菌類の作り出すマイコトキシンと構造が類似していることである。これは地衣類の共生機構の進化過程に大きな示唆を与える。すなわち、進化過程でトキシンの生合成能を獲得した菌のうち、共生生活を行うようになった地衣菌は、共生藻にとって好ましくないトキシンの生合成の発現は抑制されるようになった。しかし、共生していない培養単離菌ではその生合成系が誘導された。この仮説の可否について、今後さらに検討したい。
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