犬における自律神経の解剖学的ならびに電気生理学的検討、ならびヒトならびに動物の解剖体による自律神経剖出所見の検討結果から、骨盤部を制御する自律神経の中枢はこれまで成書に述べられた胸腰髄ではなく、腰髄にその中枢があること等が今回、判明した。 1) 犬の交通枝を電気刺激した結果、射精(交感神経)の脊髄中枢は第1腰髄から第4腰髄の範囲にあり、最も多いのが第3腰髄(16/20側)、ついで第4腰髄(14120側)、第2腰髄(10/20側)、第1腰髄(2/20側)の順であった。 2) 交感神経経路(精管内の精子輸送、前立腺液の分泌ならびに内尿道口の閉鎖)は主経路が(1)腰髄(Ll-L4)→白交通枝→腰部交感神経幹神経節→腰内臓神経→上下腹神経叢(犬は下腸間膜動脈神経節)→下腹神経→骨盤神経叢→骨盤臓器。なお、この経路で土下腹神経叢(犬は下腸間膜動脈神経節)ならびに前立腺神経叢の2ヶ所で左右の交叉性支配が見られる。この交叉性支配は下腹神経切断・縫合した慢性犬においても同様の結果であった。交感神経の副経路として以下の2経路存在するが、(2)の経路は精管に限局する経路である。(1)腰髄(Ll-L4)→白交通枝→腰・仙骨部交感神経幹→骨盤神経→骨盤神経叢→骨盤臓器、(2)腰部交感神経幹→精巣動脈神経叢→精管。 3) 骨盤内臓を制御する自律神経系経路に関して四足動物からヒトに進化するにつれて神経叢ならびに制御神経について形態分化が観察された。すなわち、上記の(1)の主経路では犬、猫に見られる下腸間膜動脈神経節が基本形態であり、進化に伴い下部腸管を制御する下腸間膜動脈神経叢と骨盤内臓器を制御する上下腹神経叢に機能的に分離し、ヒトではその分離がほぼ完成した形態をとっていると考えられた。さらに、(2)の副経路では犬、猫は骨盤神経(形態学的には副交感神経と見なされている)のみしか存在せず、高等霊長類において交感神経の仙骨内臓神経が出現するが、この神経はヒトにおいても約40%の出現率しかなく、骨盤神経からの分離はヒトにおいてもはその分離が未完成状態と考えられた。
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