本研究の最終目標は、心機能を生理学的観点からだけでなく、遺伝子の発現パターンなど分子生物学的観点からも理解し、これを元に病的心肥大をスポーツにより改善して行くことにある。本研究ではその基盤を築くため、以下の3点を目的とした。(1)病的心肥大の発症に深く関わるレニン・アンジオテンシン系(RA系)がスポーツ性心肥大の発症にも関与するかを明らかにする。(2)心機能と関わりの深い心構成因子の遺伝子発現の質的・量的変動を両タイプの心肥大で比較する。(3)高血圧モデルラットに大小の運動負荷を与え、心肥大進展への影響を、生理学的所見と(2)の諸因子の遺伝子発現変化を指標に評価し、スポーツによる病的心肥大の改善について検討する。 本年度はこのうち(1)と(2)の一部に関して結果を得た。実験系としては、ラット(6週齢、雄)を(1)正常ラットの運動負荷群、(2)非負荷群(全てのコントロール)、(3)運動負荷群にAngll拮抗薬(TCV116)を投与した群、(4)SHR(高血圧自然発症ラット)、の4群に分け、14週間後に生理学的所見を得た後、心臓を摘出しその重量を測定、またRNAを抽出した。その結果、運動負荷群、SHR群で顕著な心肥大が確認された。運動負荷群による心肥大はRA系を遮断するAngll拮抗薬(TCV116)投与では抑制されなかった。また、収縮力の強いミオシン重鎖のサブタイプαと心機能亢進の指標とされるCa^<2+>/H^+ATPaseのmRNAがスポーツ性肥大心で増加した。逆に、病的肥大心ではCa^<2+>/H^+ATPaseのmRNAでは低下していた。以上より、病的心肥大と異なりスポーツ性心肥大の形成にRA系は関与しないことが分かり、幾つかの遺伝子の発現パターンにも相違があることから、同じ心肥大でありながら両者は形成機序、質ともに異なることが明らかとなった。
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