運動負荷によって生じるスポーツ性心肥大の研究は、高血圧症に伴う病的心肥大の研究とは対照的に、その発症機序、遺伝子発現の質的(サブタイプの違い)・量的変動、生理学的所見など多くの点で非常に遅れている。 特に分子レベルのアプローチは殆どなされていない。心機能の仕組みをより明らかにして行くためには、心機能の亢進したスポーツ性心肥大と逆に低下した病的心肥大を多角的に比較し、その相違を見出し、最終的に、心機能と遺伝子発現との関連を明らかにして行くことが極めて重要と思われる。本研究はその基盤を作ることを目的に行い、ラットを用いて以下の結果を得た。 (1) 病的心肥大の形成を抑制する昇圧ペエプチド・アンジオテンシンIIの拮抗薬は、運動負荷(水泳トレーニング)によるスポーツ性心肥大の形成に対しては抑制効果を示さなかった。 (2) 心機能の指標とされるCa^2+-ATPaseおよび速筋タイブのαミオシン重鎖の発現は、いずれも病的心肥大に比べてスポーツ性心肥大では増加していた。 (3) 病的心肥大では心筋細胞のアポトーシスが観察されるが、アポトーシス誘導遺伝子であるBaxの発現は、病的心肥大でのみ増加していた。 (4) 病的心肥大では、細胞増殖に重要なMAPキナーゼ(ERK)の活性化が心筋細胞の肥大を引き起こすとされているが、一過性の運動負荷を与えた場合、逆にMAPキナーゼ活性が低下することが分かった。 以上より、両者は同じ肥大を呈するものの、その形成機序は大きく異なること、さらには筋収縮関連因子やアポトーシス関連因子の遺伝子発現量に相違があり、これらが心機能低下と亢進という相反する結果を生む要因となっている可能性が示された。
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