本研究では、心肥大や血管肥厚の分子機序を明らかにするために、心血管系組織におけるMAPキナーゼの活性化の機序および役割を検討した。高血圧ラットでは正常血圧ラットに比し心臓や大動脈において、ERK及びJNK活性が増加していた。心臓においてはJNK活性の増加は主としてAT1受容体を介しており、JNK活性の亢進は転写因子AP-1活性の増加及び心肥大の進展に関与することを示唆する成績を得た。大動脈においては、JNKおよびERKが血管の肥厚に重要である可能性があり、高血圧ラットの血管でのERKの増加は主として血圧上昇とAT1受容体に由来する。 AT1受容体拮抗薬とトラニラストはバルーン障害による血管肥厚を抑制するが、今回、その血管肥厚の抑制機序へのMAPキナーゼの関与を調べた。ラットの頚動脈をバルーン障害するとERK、JNKが活性化されたが、AT1拮抗薬はERKとJNK両方の活性化を抑制した。一方、トラニラストは、ERKの活性化のみ抑制し、JNK活性は抑制しなかった。従って、AT1受容体拮抗薬とトラニラストの血管肥厚抑制の分子機序は異なることがわかった。また、これら薬剤による血管肥厚抑制にはMAPキナーゼの抑制が重要と思われる。 ラットでの頚動脈のバルーン障害モデルにおいて、ATP結合部位のアミノ酸置換により作製したERKのdominant negative mutant(DN-ERK)をHVJ-リポソームに封入し、頚動脈内から血管組織内へ遺伝子導入しERK活性化の抑制による効果を調べた。DN-ERK導入により、バルーン障害後の血管内膜肥厚は著明に抑制された。また、JNKのdominant negative mutant(DN-JNK)を同様に遺伝子導入したところ、バルーン障害後の血管内膜肥厚は抑制された。以上から、ERKとJNKの活性化は、血管肥厚に重要な役割を演じていると思われる。
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