Phenobarbital(PB)は古典的な肝発癌プロモーターとして良く知られている。しかし、そのマウス化学肝発癌に対する作用は複雑である。例えば、成体のB6C3F_1マウスを癌原物質diethylnitrosamine(DEN)で処理した後にPBを慢性的に与えると、肝腫瘍の発生は促進される。しかし、離乳前の同マウスをDEN処理し、PBを与えた場合は、逆に腫瘍発生が強く抑制される。マウスが発癌毒性試験の材料として多用されている実状を考慮すれば、PBのマウス肝発癌に対する二面的作用は、動物試験結果のヒトへの外挿という毒性病理学の実践において、極めて重大な問題である。 本研究により、筆者は、B6C3F_1マウスに惹起される前癌肝細胞の質が、DEN投与時期により明らかに異なることを発見した。つまり、成体へのDEN投与ではBcl-2(アポトーシス抑制蛋白)陰性の前癌病変が、離乳前個体へのDEN投与ではBcl-2陽性の前癌病変が、それぞれ選択的に発生する。Bcl-2陰性病変はPBにより増殖を促進されるが、陽性病変は逆に強く抑制される。従って、DEN投与時期により一見逆説的なPBの作用が観察されるのである。これら現象の分子機構は未だ不明であり、解析を要するが、古典的二段階発癌の概念が、今後はイニシエーションによって発生する前癌細胞の質的多様性を考慮しつつ再構築されるべきことは明白である。 また、PBは長年、肝細胞のアポトーシス抑制剤とされてきたが、筆者らの試験管内モデルを利用した研究により、同薬剤が癌遺伝子c-mycと協調してマウス肝細胞のアポトーシスをむしろ亢進することも明らかになった。その際、アポトーシス誘導蛋白であるBaxの過剰発現が同時に観察された。 上記の如く、PBの生物学的作用はこれまで考えられてきた以上に複雑であり、今後更なる作用分析が必要と思われる。
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