研究概要 |
腸炎ビブリオの重要な毒素遺伝子はtdh(thermostable direct hemolysin)とtrh (tdh-related hemolysin)の2つの溶血素遺伝子であると考えられる。従来はtdh遺伝子を2コピー(tdh1,tdh2)有し、強い溶血を呈する神奈川現象(KP)陽性株が患者分離株のほとんどを占めた。しかし近年、アジアで分離された患者由来株中にKP陰性でtrh遺伝子を保有する株の割合が増加している。本研究では米国の分離株でも同様の傾向を確認した。しかしtrh保有株のうちかなり多くの菌株はtdh遺伝子も保有していた。両遺伝子保有株においてtdh遺伝子の発現レベルは、KP陽性株より低いが、菌株によってかなり差があった。さらにごく最近になってtdh遺伝子のみを保有するKP陽性株で、O3:K6血清型に属する新しいクローンが出現し、アジアを中心に世界的大流行をおこしていることを発見した。このクローンのtdh遺伝子の発現レベルは、従来のKP陽性株とほぼ同程度であった。また本研究において、KPはtdh2遺伝子のみが高レベルに転写されるためにおこることを確認した。tdh1遺伝子や、KP陰性株にまれに検出されるtdh遺伝子(tdh3〜tdh5)では転写レベルが極めて低かった。これらのtdh遺伝子の低レベル転写はプロモーターの活性が低いためであり、しかもプロモーター塩基配列中の1塩基置換によりtdh2遺云子と同レベルの転写がおこることを明らかにした。したがってKP陰性であってもtdh遺伝子を保有している菌株は、1塩基置換により、KP陽性株に変化しうる。このようなプロモーター変異は生体内で選択プレッシャーが存在すれば、高頻度で起こりうると考えられるので、KPの表現形質にかかわりなくtdh遺伝子保有株は病原性株と判断すべきであると結論した。これにより、KP陰性ながらtdh遺伝子を保有する株が患者から分離されることを説明できる。さらに本研究においてtrh遺伝子はtdh2遺伝子に比べてかなり転写レベルか低いことを確認した。今後は、tdh遺伝子の場合と同様の様式あるいは他の機構により、trh遺伝子の転写が上昇するか否かを調べる必要がある。
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