職業性の石綿曝露により肺癌や悪性胸膜中皮腫の死亡率が上昇することは数多くの海外の研究により知られているが、労働環境が異なるわが国の実状を検討した疫学調査は極めて乏しい。また、低濃度曝露による死因への影響を検討した研究は、わが国では見あたらない。今回、低濃度の石綿曝露集団である某造船所の艤装作業従事者の死亡構造を明らかにし、すでに著者らが実施した断熱工の結果、および発癌性を有する砒素取り扱い作業者の死因構造と比較する目的で、本研究を実施した。1.艤装作業者の死亡状況:某造船所に1976年時点、艤装工として在職していた153名をコホートとして設定し、1998年12月末現在までの消息を明らかにした。19名の死亡が確認された。悪性胸膜中皮腫による死亡が3名であったのに対し、肺癌は1名にとどまり、そのSMRは有意な上昇ではなかった。その他の死亡として、他の悪性腫瘍4名、間質性肺炎1名などが認められた。2.砒素鉱山労働者の死亡状況:1946年から1958年までの間に、某砒素鉱山で硫砒鉄鉱の採鉱、選鉱、または亜砒酸の製錬作業に従事していた労働者199名について、1998年12月末までの消息を明らかにした。その結果、肺癌で男性10名、女性1名、塵肺で男性2名が、それぞれ死亡していた。職種別検討では、製錬工34名のうち8名までが肺癌で死亡しており、そのSMRは19.1(95%信頼区間:6.9-44.9)と有意な上昇が認められた。他に有意な過剰死亡を示した悪性腫瘍はなく、また、採鉱作業、選鉱作業に従事した労働者では肺癌を含めSMRの有意な上昇を認めた疾患はなかった。3.まとめ:肺癌の死亡リスクについてみると、石綿より砒素の方が高く、同じ石綿曝露でも艤装作業のように低濃度曝露では、肺癌のリスクよりも悪性中皮腫のリスクが高いことが示唆された。
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