昨年度までの検討により、ヒト腸管からの抗原ペプチドの分離法が確立した。即ち、組織のホモジェネートに使用する界面活性剤として、従来広く使われていたNP40は、非常に難溶性であり高速液体クロマトグラフィーの分離能にも影響を与えるとともに、エレクトロイオンスプレーによる質量分析装置の加熱キャピラリーの目詰まりの原因となり、問題となっていた。NP40にかわり、CHAPSを界面活性剤として採用することにより、高速液体クロマトグラフィーのカラムを詰めることなく充分に洗浄可能となり、このため超微量な質量分析が精密に行われることとなった。今年度は昨年度に引き続き炎症性腸疾患患者および正常対照からえられた腸管材料からより多くの検討を行った。その結果、炎症性腸疾患の腸粘膜においては、動物や培養細胞においてみられるようなMHC関連の分子はclass II MHCの抗原結合部位からは分離されなかった。さらに、炎症性腸疾患患者腸粘膜のclass II MHCに結合した抗原ペプチドは、腸内細菌叢由来と考えられるEscherichia coli、食餌抗原として広く存在するパン酵母であるSaccharomyces cerevisiaeおよび自然界において土壌中に広く存在する原虫であるCaenorhabditis elegansに由来する抗原が正常対照に比し多く認められた。さらに、S.cerevisiaeに対する血清抗体価がクローン病、および潰瘍性大腸炎において正常対象に比べ有意に上昇していることを確認し、メサラジン投与により抗体価が低値となることを発見した。また、この免疫応答がIgG4 subclassを主体とする反応であることを世界で初めて報告した。このことは、遺伝的素因により、腸管内の抗原に対する異常な免疫応答が炎症性腸疾患の発症要因として近年想定されていることに対して重要な証拠として位置づけられ、本症の病因論に関して新たなる知見として重要な発見である。
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