研究概要 |
タイラーウイルス(Theiler's murine encephalomyelitis virus,TMEV)はマウスに急性致死性の灰白脳脊髄炎を起こす急性亜群(GDVII株)と、マウス脊髄に持続感染し、脱髄を引き起こす慢性亜群(DA株)に分けられる。DA株は感染初期に主として神経細胞に感染するが、GDVII株と異なり、神経細胞を壊死・脱落させることなく、慢性期にはマウスの脊髄に持続感染することが知られている。我々はまずタイラーウイルス持続感染細胞であるマクロファージではDA株は増殖しウイルスゲノムの維持は可能であるものの、GDVII株はほとんど増殖せずゲノムの維持は不可能であることを明らかにした(J.Virol.71:729-733,1997)。さらにこの現象はマクロファージ細胞のみで認められること(Microbiol.Immunol.43:885-892,1999)、そしてリコンビナントおよび点変異ウイルスを用いることにより、マクロファージにおけるTMEV増殖にはL蛋白翻訳領域1079ntのAUGから翻訳されるL^*という蛋白が重要であることを示した(J.Virol.72:4950-4955,1998)。最後にこれらのデータを踏まえて、DA株のL蛋白翻訳領域にリンホトキシン遺伝子を組み込んだリコンビナント・ウイルスを作製し、培養細胞におけるリンホトキシン遺伝子の発現を検討した。ウエスタンブロット法およびenzyme-linked immunosorbent assayにより、リコンビナントウイルス感染BHK-21細胞においてリンホトキシンの発現が確認された。さらに、L-929細胞に対して明らかな細胞毒性が認められ、発現したリンホトキシンが生物活性を有することが示された(Microbiol.Immunol.43:83-86,1999)。これらのことからTMEVがウイルスベクターとして使用可能であり、単に神経難病の治療のみならず、神経難病の病態解析にも有用であることが示唆された。以上の研究成果から、TMEVが中枢神経内に外来遺伝子を導入するウイルスベクターとして使用可能であることが示唆された。マウスという小動物の中枢神経内に自由に外来遺伝子を導入して発現させることができれば、単に中枢神経疾患の治療のみならず、神経難病の病態解析にも非常に有用であると考えられる。
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