初年度は、Dox or ubicin(DOX)投与による心筋障害を心不全モデルとして用い、心不全時の心筋小胞体Ca2+-ATPase(SERCA2)の遺伝子転写とシグナル伝達系を解析した。すなわち、DOX投与時にみられるSERCA2遺伝子の発現低下の分子機構を明らかにするため、SERCA2遺伝子のDOX感受性領域を同定し、DOXによる転写制御機構を解析した。SERCA2遺伝子プロモーターの-1810〜+350bp領域をルシフェラーゼ遺伝子に接続後、Deletion Mutantを作製し、ラット培養心筋細胞に遺伝子導入した。SERCA2遺伝子上流の-284〜-72bpの領域はDOXにより転写活性がDOX非投与時の10%の著減し、この領域がDOX感受性配列と推測された。次に、DOX作用の細胞内情報伝達系を明らかにするため、PKC、PKA、TKに対する阻害剤や抗酸化剤(PDTC)の共存下でDOXを作用させた。SERCA2 mRNAの低下は、PDTCの前投与によりDOX非投与時の50%にまで回復した。SERCA2 mRNAの低下に酸化ストレスの関与が疑われたため、活性酸素を測定したところ、H2O2の増加がみられた。そこで、10μM H2O2を投与するとSERCA2 mRNA発現量が非投与群の40%に低下した。一方、酸化ストレスで誘導され、脂質second messenger分子として注目されているセラミドを測定すると、DOX投与群では約5倍の増加がみられた。心筋細胞に10μMC2-セラミドを添加するとSERCA2 mRNA発現量が50%に低下した。以上より、DOXによるSERCA2 mRNA発現低下には、H2O2を介した系とセラミドを介した系が関与し、SERCA2遺伝子の-284bpから-72bpまでの領域で転写が障害されることが原因になると考えられた。
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