肥大型心筋症は長い間原因不明の心筋疾患であったが、分子遺伝学的手法により1990年に最初の原因遺伝子である心筋βミオシン重鎖遺伝子異常が報告されて以来、心筋トロポニンT、αトロポミオシン、心筋型ミオシン結合蛋白C、心筋ミオシン軽鎖分子(2種)の遺伝子異常が本症において相次いで見いだされ、本症の約半数の症例で遺伝子診断が可能となっている。しかしながら、約半数の肥大型心筋症では、未だ原因不明として残っている。申請者らは、これまでの7種類の原因遺伝子がいずれもサルコメア構成分子の遺伝子であることに注目し、候補遺伝子解析の手法を用いて心筋トロポニンI遺伝子を解析した。これまでに収集した肥大型心筋症多発家系を対象に、ゲノム遺伝子をPCR-SSCP(Polymerase chain reaction-single strand conformation polymorphism)法を用いて遺伝子変異を検出し、連鎖検定を用いて疾患との関連を検討した。その結果、心筋トロポニンI遺伝子のエクソン7内の145番目のアミノ酸変異(Arg→Gly)を伴うミスセンス変異が肥大型心筋症の原因であることを見いだした。他に5種類の変異も同定している。 さらに、心筋トロポニンI遺伝子には、遺伝子異常と遺伝子多型の両者が存在することも明らかにした。則ち、エクソン5内にみられる塩基配列の違いは、アミノ酸の置換を伴っているが、両者とも健常集団中に認めら遺伝子多型と考えられた。一方、エクソン7・8内に見いだされたミスセンス変異は、健常集団には見いだされず、家系内で疾患と連鎖している事から、本症の原因と考えられた。このことは、遺伝子産物が機能的に重要性な部位をコードする塩基配列の異常は疾患を引き起こし、そうでない部分に生じた遺伝子変異は、多型として集団に蓄積された可能性を示唆している。今後さらに他の未知の原因遺伝子の同定を試みるとともに、各原因遺伝子毎の病態を検討していく予定である。
|