研究概要 |
今日、I型糖尿病は膵ランゲルハンス氏島(膵島)へのリンパ球の浸潤(膵島炎)と膵島細胞成分に対する自己抗体の出現を主たる特徴とする自己免疫疾患と考えられている。その優れた動物モデルであるNODマウスやBBラットでは、幼若期からインスリン注射を続けることで顕性糖尿病の発症を抑制することが明らかにされている。また、インスリンの経口投与によっても同様の発症抑制効果がみられることが報告されている。これらの結果を踏まえて現在米国を中心に、ヒトのI型糖尿病のハイリスク群に対してインスリンの少量投与(注射)を行い、I型糖尿病の発症を予防する試みが実施されている。 我々は、インスリンと類似した構造をもち、またインスリン様の代謝作用を有するインスリン様成長因子I(IGF-I)を初期大量に投与することによって、NODマウスの発症を有意に遅らせることを報告した(Y.Kaino, et al.Diabetes Research and Clinical Practice,34(1),1996.第40回日本糖尿病学会)。 そして今回我々は、糖尿病発症率の高いNODコロニーを用いて追実験を行い、そのIGF-I療法によって糖尿病の発症が有意に低下し、かつI型糖尿病の特徴的病理所見である膵島炎の程度も軽減するという結果を得た(Y.Kaino, et al.Journal of Pediatric Endocrinology & Metabolism,11(2),in press,1998)。このIGF-Iの投与法は、4-5週齢で137μg、6-9週齢で274μg(モル数ではそれぞれ2.5単位と5単位のインスリンに相当)の連日皮下注である。IGF-I投与群、コントロール群ともに280日齢までfollow-upしたが、IGF-I投与群の糖尿病発症率が25%であったのに対しコントロール群では73%であった(P<0.05)。また、両群の糖尿病未発症マウスの膵島炎の比較では、IGF-I投与群の膵島炎の程度の方が有意に軽度であった。 我々が行ったIGF-I療法では、NODマウスの末梢血や脾の総白血球数、リンパ球のT/B比、CD4、CD8の割合には変化がみられず、免疫抑制剤や免疫賦活剤を投与して糖尿病を抑制した際の結果とは明らかに異なっている。また、このIGF-I療法の投与量より少量であるが同等の内因性インスリン分泌抑制効果を有する量のIGF-Iを、長期にわたって投与しても糖尿病は抑制されなかった。このことは、IGF-I投与の予防効果はいわゆる'β-cell rest'の機序に基づくものではないと考えられる。 IGF-I投与によるNODマウスの糖尿病発症抑制の明確な機序は未だ不明である。これを明らかにすべく、今後も研究を進めていく。
|