胎生期のストレス性刺激は神経回路網に可塑的変化を生じ、成熟後のストレス負荷に対する反応性を規定する要因の一つであり、その決定因子を同定するために、以下のような検討を進めた。胎生期ストレスの効果を引き起こす機序として副腎皮質ホルモンが当然考えられるので、胎生17から19日の妊娠母体に50μg/kgのデキサメサゾンを投与した。その仔ラットは成熟後の脳内のセロトニン代謝の低下が観察されるとともに、成熟後の新奇環境ストレス負荷に対する副腎皮質ホルモンの過大分泌反応も観察され、胎生期ストレス負荷で観察された変化に類似していた。したがって、神経系の可塑的変化を引き起こす胎生期ストレス負荷の効果の機序の一つはグルココルチコイド刺激であった。 次に、成熟後の反復ストレスに対して胎生期ストレス群では慣れが生じにくいので、ストレス負荷で発現する最初期遺伝子c-fosの発現分布や発現量をインサイチュー・ハイブリダイゼーション法により解析することにより、反復ストレスに適応しずらい責任脳部位の同定を試みた。成熟後に2時間の拘束ストレスを14日間反復した直後に、直ちに脳を取り出し、c-fosの発現分布や量を解析したところ、視床下部室傍核、青斑核、縫線核、扁桃体、帯状回皮質、梨状葉皮質のc-fos遺伝子発現量は対照群と同様に、14日間の反復拘束ストレス負荷でc-fosの発現量に慣れを生じて、急性負荷時より減少し、対照との間に有意差はなかった。しかし、中隔核では胎生期ストレス群でc-fos遺伝子発現量が対照群と比較して有意に増加していた。したがって、胎生期ストレス群が成熟後の反復ストレスに適応しずらい責任脳部位は中隔核であると同定できたことになる。なお、胎生期ストレスが脳の発達に可塑的変化を引き起こす未知の因子のディファレンシャル・ディスプレイ法による同定は引き続き検討中である。
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