記憶・認知に基づく不安の動物モデルのひとつに、ラットの恐怖条件付けストレス(CFS)により誘発されるすくみ行動がある。この不安・恐怖行動の発現に海馬が重要な役割を果たすことが、破壊実験から示されている。この3年間でラットを用いた実験から以下のことを明らかにした。(1)抗不安作用をもつことが明らかにされている薬物5-HT1A受容体アゴニストおよびSSRIが、海馬CA1錐体細胞の自発発火活動を抑制するが、ベンゾジアゼピン系薬物のalprazolamの作用は、細胞間でまちまちであること。(2)ウレタン麻酔下のラットを用いて、微少電気泳動法で様々な発火誘発物質を海馬CA1錐体細胞の近傍に適用して発火を誘発した。誘発された発火のうちカイニン酸で誘発された発火のみがalprazolamによって抑制された。また、5-HT1Aアゴニストのbuspironeは今回の実験で誘発された発火を全て抑制した。これらから、CFS誘発性の不安・恐怖の発現に、興奮性アミノ酸受容体のうちカイニン酸受容体への刺激が関与する可能性が高いと考えられた。(3)実際にラットに電撃を負荷し、その翌日にCFS誘発性すくみ行動を観察した行動実験で、AMPA・カイニン酸アンタゴニストのCNQXがすくみ行動を抑制することが明らかになった。(4)すくみ行動中に、海馬CA1領域で細胞外セロトニン濃度が上昇し、内因性セロトニンによるセロトニン1A受容体刺激が増加する結果、海馬CA1錐体細胞の自発発火頻度が低下することも示された。この、内因性セロトニンによるセロトニン1A受容体刺激の増加は、不安への生体防御的・適応的反応と考えられた。
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