糖尿病網膜症(DR)の発症・進展に重要な役割を演じているとされる血管内皮増殖因子(VEGF)の網膜での発現制御について検討した。網膜でVEGFの発現を誘導する最も強い刺激は虚血組織での低酸素刺激と考えられているが、低酸素刺激の細胞内シグナルに関しては不明である。我々はすでに活性酸素によるVEGFの発現誘導およびその機構について報告している。そこで、低酸素刺激の細胞内シグナルに活性酸素が関与するかを検討した。その結果、低酸素刺激は細胞内酸化ストレスの増加を介しVEGFの発現を増加させ、この酸化ストレスの増加にはアラキドン酸代謝経路での活性酸素産生が関与していることが示唆された。 次に、糖尿病合併症の成因に深く関与するとされる非酵素的糖化反応後期生成物(AGE)やインスリン様成長因子-1(IGF-1)、酸化LDLのVEGFの発現に対する影響について検討した。先ず、AGEとDRの関連について、糖尿病患者から硝子体手術時に採取した増殖膜と硝子体液を免疫染色およびELISA法で検討したところ、眼内にAGEが強く蓄積していることが明らかとなった。さらに、培養細胞(RPE:ヒト網膜色素上皮細胞、SMC:血管平滑筋細胞)を用いた検討により、AGEは細胞内酸化ストレスの増加を介しVEGFの発現を増加させることや、AGEはVEGFの産生を介し内皮細胞の増殖を促進することが明らかとなった。また、AGEを実験動物の眼内に注入すると網膜にVEGFの発現が増加した。次に、IGF-1や酸化LDLの主要成分であるリゾホスファチジルコリン(LPC)のVEGFの発現に対する影響について培養細胞を用いて検討した。その結果、IGF-1とLPCの両者ともRPEやSMCでのVEGFの発現を有意に促進させた。LPCのVEGF発現誘導は細胞内酸化ストレスの増加を介する作用であった。以上の結果から、AGE、IGF-1、LPCはいずれもVEGFの産生を介しDRの発症・進展に関与することが示唆された。 以上の結果から、VEGF遺伝子の発現誘導に細胞内酸化ストレスが深く関与していることが考えられる。近年、nitric oxide(NO)が、活性酸素のもつ種々の生物作用に拮抗することが明らかとなっている。そこで、VEGF遺伝子の発現に対するNOの影響を検討したところ、低酸素やAGEによるVEGFの増加はNOにより有意に抑制されることが明らかとなった。この結果は臨床で広く使用されている亜硝酸剤の糖尿病網膜症への有用性を示唆するものであり、今後in vivoでの効果を検討する予定である。
|