われわれは以前より、アデノウイルスベクターによる正常なp53遺伝子導入の癌治療への応用を検討してきており、その背景となる基礎研究も積極的に行ってきている。p21遺伝子はp53遺伝子産物の標的遺伝子であり、細胞周期制御に重要な役割を果たしているが、分化あるいは老化細胞でp21蛋白質の発現が増強していることが知られている。これらの結果は、p21蛋白質は単に細胞周期を調節しているのみではなく、分化/老化という形態学的変化にも関与している可能性を示唆している。 非小細胞肺癌細胞、骨肉腫細胞、大腸癌細胞などの発生母地の異なる各癌細胞株で、p21遺伝子を導入することにより全ての細胞株で形態学的変化が観察され、また老化マーカーとして知られているβ-ガラクトシダーゼ活性が上昇することを証明した。さらに、これらの老化細胞ではテロメラーゼ活性が著明に減弱しており、血清を除去することで細胞周期を止めた細胞ではテロメラーゼ活性が変化しないことから、p21は直接テロメラーゼ活性を制御している可能性が示唆された。 食道癌細胞TE-1、TE-3では、p21遺伝子導入により扁平上皮癌の分化マーカーであるinvolucrinの発現が増強した。involucrinプロモーターを持つルシフェラーゼ・レポーター・プラスミドの導入実験により、このp21のinvolucrinの発現増強作用はtranscriptionalなものであることが明らかになった。また、TE-1扁平上皮癌細胞とヒト正常上皮細胞にアデノウイルスベクターによりp21遺伝子を導入すると、TE-1細胞では一過性のdormant phaseの後に急速にアポトーシスが誘導されたが、正常上皮細胞では増殖停止にともなう緩やかな細胞数の減少が観察された。この反応性の違いは、p21遺伝子導入の遺伝子治療としての臨床応用を考えた場合に、非常に有用であると思われる。
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