研究概要 |
リン脂質のひとつであるsphingosine-1-phosphate(Sph-1-P)が、単にsphingosineの代謝産物ではなく、細胞内の重要な情報伝達物質であり細胞内Ca貯蔵庫より細胞内にCaを放出させる作用を有し脳に豊富に存在するが、本研究は砂ネズミ海馬CAl神経細胞の遅発性神経細胞死に至る過程とSph-1-Pとの関連を明らかにすることにある。 平成10年度は、本年度は、Sph-1-P測定系の確立と砂ネズミのnormal controlにおける脳の部位別のSph-1-Pの定量を施行した。砂ネズミの海馬、大脳皮質、小脳からice cold chloroform/methanol(1:2)3mlにてSph-1-Pを抽出し、HPLCにて定量測定した。海馬と大脳皮質からはSph-1-Pは検出されなかったが、小脳からは検出された。この測定法自体の感度に問題があることも予想されたが、部位特異的にSph-1-Pが分布していることも示唆された。上記の結果に基づいて同様のsampleにてSph-1一Pをradioimmunoassay法にて定量した。検出感度はHPLCよりも高いとされている測定方法である。海馬、大脳皮質、小脳はそれぞれ5.42±1.90,0.84±0.21,4.29±1.67nmol/mg(mean±SEM,n=5)であった。以上より、Sph-1-Pは部位によって含有量に差があり、部位特異的な細胞機能を担っていることが示唆された。 平成11年度には、一過性前脳虚血によるSph-1-Pの変動を解析した。砂ネズミ(雄性60-80g)にハロセン麻酔を施行し、頚部正中皮膚切開後に両側総頚動脈を露出し、動脈瘤用クリップを用いて5分間の前脳虚血を負荷した。この間、heatlampとブランケットを用いて側頭筋温と直腸温を37.5℃に維持した。虚血前と再灌流後6,12,24,48時間で麻酔下に断頭して、直ちに、海馬、大脳皮質、小脳をそれぞれ取り出し、前述の方法のうちradioimmunoassay法を用いてSph-1-Pを定量した。各々、正常対照群、虚血6時間後、虚血24時間後、虚血48時間後の値を示す。 海馬:5.42±1.90,4.63±1.24,4.62±1.55,4.89±1.73(nmo1/mg,mean±SEM,n=5) 大脳皮質:0.84±0.21,0.67±0.19,0.72±0.12,0.63±0.15(nmo1/mg,mean±SEM,n=5) 小脳:4.29±1.67,4.56±1.71,6.04±1.37,6.34±2.26(nmo1/mg,mean±SEM,n=5)すなわち、どの部位においても虚血前後の時間経過による有意の差は認められなかった。 以上により、少なくとも現行の測定系による限りSph-1-P含有量の虚血後変動は認められず、また海馬Sph-1-P含有量の虚血後上昇は認められなかった。このことは、海馬CAl領域にみられる遅発性神経細胞死の機構にはSph-1-Pが直接関与していない可能性を示唆する。しかし、今回確立した測定系は、必ずしも細胞特異的、または細胞内微小領域特異的に測定しているわけではなく、細胞内における局所的なSph-1-Pの変動が遅発性神経細胞死の機構に関与している可能性は否定できない。
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