研究概要 |
近年、体外受精-胚移植法による不妊症の治療において顕微受精の導入により受精率が著しく向上した一方で,母体子宮へ移植した胚が着床しない、いわゆる着床不全症例に対する治療の必要性が注目されている。胚の着床には胚の成熟と共に母体側子宮内膜の適切な分化が必要であり、この子宮内膜の分化における母体卵巣に由来する内分泌因子の重要性が従来より知られている。しかしながら先に述べた着床不全症例では母体卵巣ステロイドホルモン値や子宮内膜の形態に異常を認めないことも多く、実際の着床現象では胚由来の因子が子宮内膜の分化に関与している可能性が考えられる。そこで本研究ではこの問題を解決する糸口を発見することを目的として、マウス胚移植実験系を用いて、cDNAサブトラクション法を施行することにより、着床胚により子宮内膜において発現が誘導される遺伝子群を同定することを試みた。 胚移植・着床が可能な偽妊娠4日目に胚を移植しその24時間後に摘出した子宮(着床成立群)、偽妊娠5日目に摘出した子宮(対照群)それぞれからcDNAを作成し、これら両群cDNAに対してcDNAサブトラクション法を行い着床成立群特異的な遺伝子群の濃縮したcDNAライブラリーを作成した。得られたcDNAライブラリーのスクリーニングを行った結果、着床成立群において発現が亢進しているcDNA Cloneを6種類獲得した。塩基配列解析の結果、これらの遺伝子の一つClone12が9kDのCa結合蛋白であるCalbindinと同一であることが判明した。In situ hybridizationの結果、Calbindinは妊娠4日目前後のマウス子宮内膜上皮細胞に強く発現し、その発現がプロゲステロンにより誘導されることを卵巣摘出後マウスに対する卵巣ステロイドホルモン投与により確認した。更にプロゲステロンにより子宮内膜上皮に誘導されたCalbindinの発現は胚の存在によっても制御されている可能性が卵巣ステロイドホルモンを補充した卵巣摘出後マウスに対する胚移植実験により示された。残りのcDNA Cloneには、着床期子宮内膜における発現が既に知られているインスリン成長因子結合蛋白の他、子宮内膜における発現が知られていない既知の遺伝子が含まれており、これらの発現部位などを現在検討中である。 以上、本研究により胚と子宮内膜の相互作用の結果成立する着床現象への関与が示唆される複数の遺伝子情報が得られた。今後その情報を元に着床現象の新たな知見を得ることができるものと思われる。
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