一側の内耳前庭障害後に発現する著明な平衡障害は、時間の経過とともに次第に軽減してゆく。この前庭代償と呼ばれる現象は、中枢神経系の可塑性に基づく現象である。前庭代償に関連する分子を同定する目的で、ラットの一側内耳破壊後に小脳片葉で転写の促進あるいは抑制を受ける遺伝子をdifferential display法により検索した。 内耳破壊後に小脳片葉でprotain phosphatase2A-β(PP2A)catalytic subunit mRNAの発現が上昇することが認められた。PP2A mRNAの発現は両側の小脳片葉において内耳破壊後2時間で最大に達し、内耳破壊後の前庭代償による眼振の消失に伴って、2週間以内にもとのレベルに回復した。また、PP2A mRNAの発現は小脳片葉のプルキンエ細胞層に認められた。さらに、小脳片葉にPP2Aの阻害薬であるokadaic acidを注入したところ、内耳破壊後の眼振の消失が延長し、前庭代償が遅延した。以上の結果から、内耳破壊後に小脳片葉のプルキンエ細胞において発現が上昇するPP2Aが、前庭代償に重要な役割を担っているものと考えられる。 内耳破壊後に小脳片葉でグルタミン酸レセプターのδ-2 sibunit(δ-2) mRNAの発現が減少することが認められた。δ2mRNAの発現は両側の小脳片葉において内耳破壊後12時間で最低に達し、内耳破壊後の前庭代償による眼振の消失に伴って、1週間以内にもとのレベルに回復した。また、δ2 mRNAの発現は小脳片葉のプルキンエ細胞層に認められた。さらに、δ2を欠損するミュータントマウの内耳破壊を行ったところ、前庭代償の初期過程が障害された。以上の結果から、内耳破壊後に小脳片葉のプルキンエ細胞において発現が減少するδ2が、前庭代償に重要な役割を担っているものと考えられる。 PP2Aとδ2は、小脳の長期抑制を調節することにより、前庭代償を誘導している可能性が考えられた。
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