実験にはCB57BL系マウス(生後4〜8週)を用いた。エーテル麻酔下で乳頭体-上丘間で除脳した後に、上半身を分離して下行大動脈からカテーテルを挿入し、dextran2.5%を含む人工脳脊髄液を潅流した。顎二腹筋前腹にワイヤー電極を挿入し記録電極とした後、人工脳脊髄液で潅流した記録槽に移した。金属微少電極で延髄錐体路を連続電気刺激(20〜40Hz)し、顎二腹筋にリズム活動を誘発する部位を同定した。このような成熟マウスのin vitro脳標本の実験から、錐体路連続電気刺激によって顎二腹筋に誘発されるリズム活動では、 (1)誘発に興奮性アミノ酸、特にnon-NMDA型受容体が重要な役割を演じており、(2)NMDA型受容体はリズム活動の修飾を行っていることが明らかにされた。これはラット新生仔の摘出脳幹標本で観察されているNMDA型受容体の活性により誘発される吸啜運動とは明らかに対照をなしている。そこで(1)生後何日までNMDA投与によって吸啜様リズム活動誘発が可能なのか、(2)生後何日で錐体路刺激によって咀嚼様リズム活動が誘発可能となるのかを、それぞれマウスの摘出脳幹標本ならびにinvivo標本を用いて検討した。その結果、吸啜様リズム活動は生後10日齢前後まで誘発されること、大脳皮質刺激によって誘発されるリズミカルな咀嚼様顎運動は生後12日前後以降で初めて可能となることがわかった。摘出脳幹-脊髄標本ではNMDA投与によって舌下神経だけでなく、三叉・顔面神経にもリズミカルな神経活動が誘発されるが、脳幹前頭切断によってそれぞれの神経の運動ニューロンを別個に含む標本を作製しNMDAを投与すると三叉・顔面・舌下神経にそれぞれ独立したリズム活動が誘発されることが観察された。以上の結果は、マウスでは吸啜から咀嚼への転換に伴って生後2週齢前後までに脳幹内で様々な可塑的変化が起こっている可能性を示唆している。
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