重要な生理機能をもつトリプシンやその類縁酵素に対し、特異的に作用する化合物の開発研究は、酵素機能の解明から臨床応用に至る広い分野に関連する。 我々はトリプシンおよびその類縁酵素に対して高い親和性をもつアミジン誘導体を研究してきたが、この成果を基に金属錯体を組み合わせた不可逆的阻害剤(アミジン及びグアニジン基を持つ金属錯体)をデザインした。この化合物は、金属錯体部分が反応基として、トリプシンのペプチド鎖を切断することを期待した親和性標識試薬の一種である。平成9年度はその合成研究から着手した。原料から最終産物である金属錯体への反応ステップは、多いもので10段階を要し、極めて多くの時間と労力を要したが、現時点で、阻害剤候補物質38種の合成を完了している。それらは、グアニジノフェニル基を含むEDTA鉄(及び銅)錯体、アミジノ基をもつサリチルアルデヒドから誘導されるシッフ塩基鉄(及び銅)錯体などであり、メチレン鎖長、置換基を系統的に変えた化合物群である。現在、これら化合物の代表的数種を選び、阻害効果の検定を行っている。予備的段階ではあるが、修飾反応が起こらない条件下での親和性測定を行い、拮抗阻害のKi値が10^6Mをもつ高親和性化合物を見出している。従って、不可逆的阻害の必要条件の第一関門は通過したことになる。本研究の成果は、多種多様な化合物の合成、親和性測定、不可逆阻害効果の検定、阻害機構、阻害部位の同定など一連の知見を経て価値を持つ。合成研究がほぼ完了した現時点は、合成データのまとめが中心で、最終成果を投稿論文として纏めるのは次年度となる。
|