亜鉛が脳機能に必要である一方、亜鉛の脳内代謝異常と脳疾患との関係が問題となってきている。脳内亜鉛の5-10%はグルタミン酸作動性ニューロンのシナプス小胞に存在する。小胞性亜鉛が興奮性のシナプス神経伝達を調節し、脳高次機能に関与している可能性がある。そこで、亜鉛の脳内動態解析を行い、その結果に基づいて作用を解析した。海馬には亜鉛含有グルタミン酸作動性ニューロンが多い。成長したラットにおいて亜鉛摂取が不足すると、海馬が特異的に応答し、亜鉛濃度が低下することを見いだした。この知見に基づいて、低亜鉛食を摂取させたラットを用いて学習能を測定した。海馬シナプトソーム画分の亜鉛量が亜鉛摂取の低下に伴い減少し、学習能が低下したことから、学習・記憶に亜鉛含有グルタミン酸作動性ニューロンの機能が関与していることが明らかになった。亜鉛の摂取不足によって嗅覚能も減退することから、においの認知における亜鉛の役割を検討した。亜鉛は嗅覚路において興奮性の神経伝達に関与し、一次嗅覚野である扁桃体においては、小胞性亜鉛イオンがにおいの認知に必要であることをインビボマイクロダイアリシス法を利用して示した。また、マウスに低亜鉛食を与え、隔離飼育すると、攻撃行動が顕著に高まることを見いだした。てんかん患者では情動行動に変化がみられ、攻撃的な行動がしばしば観察される。遺伝的なてんかんモデルであるElマウスは放り上げ処理により痙攣発作を誘発すると、海馬亜鉛が低下し、ddY系マウスに比べて顕著に攻撃性が増大することが明らかになった。さらに、痙攣発作の発症と脳内亜鉛動態とが密接に関係することが明らかになった。すなわち、Elマウスに発作を誘発すると、脳からの亜鉛放出が促進され、その放出促進によって発作に対する感受性が増大することが示唆された。 本研究より、シナプス小胞の亜鉛がグルタミン酸による興奮性神経伝達の調節に重要であることが示唆された。
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