アルツハイマー病の一割弱を占める家族性アルツハイマー病の主要原因遺伝子は、長らく不明であったが、95年に同定され、プレセニリン(I・II)と命名された。その病理的作用の解明は、今後のアルツハイマー病研究の方向を左右するほどに重要である。プレセニリン蛋白質は、7回膜貫通型の構造を有し、線虫を含む下等動物にまで存在する。このように動物界に広く存在する蛋白質が、アルツハイマー病というヒト特異的神経疾患に関与する機構は、今のところ不明である。病理学的作用の一つの可能性としては、アルツハイマー病の病理学的特徴であるβアミロイド沈着を促進することが考えられる。96年になってYounkinらのグループは、患者由来の培養繊維芽細胞が通常のものと比較して不溶性βアミロイドペプチド(Aβ1-42)の産生が上昇していること、また、血漿中の濃度もコントロールよりも高いことを示した。しかし、これは個体差によるばらつきを含む間接的証拠に過ぎない。そこで、我々は、細胞に遺伝子を導入し発現する実験系を用いて、直接的にβアミロイド産生への作用を検証した。その結果、プレセニリンIおよびIIの両方の病原性突然変異が、細胞からのAβ1-42産生を上昇させることを明らかにした。このことによって、早期発症型家族性アルツハイマー病の原因となる全ての遺伝子が、βアミロイド産生に直接作用を与えることが示された。すなわち、アルツハイマー病における「βアミロイド仮説」が実質的に証明されたといってよい。この事実は、今後の弧発性アルツハイマー病の研究の方向性に対する影響も大きい。また、今のところ未同定であるγセクレターゼを知る手がかりになることが期待される。
|