先天性無痛無汗症(CIPA)は温覚と痛覚さらに発汗機能を欠如し、精神遅滞を伴う常染色体劣性遺伝の疾患である。神経成長因子(NGF)は、胎児期の感覚神経や交感神経ニューロンの神経突起の伸展や生存維持に働く神経栄養因子の一つである。我々は、CIPAがNGFのシグナル伝達系の異常を背景におこるのではないかと推察し、候補遺伝子アプローチ法により、高親和性神経成長因子受容体遺伝子(TRKA)がその責任遺伝子であることを明らかにした。また、この遺伝子の全構造を決定することにより患者の遺伝子変異を検出するシステムを確立し、これまで国内・国外を含めて30症例を解析し22種類の変異を同定した。CIPAは、稀な疾患でかつ血液検査等で異常を示さないため診断不明なまま長期に亘り経過観察されていた例も報告されている。確定診断は末梢神経の生検材料をもとになされていたので、特殊な技術を要し限られた施設でのみ可能であったが、本研究により遺伝子診断が可能となった。これらのことは将来的には出生前診断さらに治療法の検討や開発に有用な情報となることが期待される。また、本研究によりヒトにおいてはNGF-TRKAのシステムが、温・痛覚の発達だけでなく、発汗による体温調節の確立にも重要な役割を果たすことが示された。このことは遺伝子ノックアウトマウスの研究では報告されておらず、ヒトでの遺伝子変異を分析することにより、はじめて明らかになった。さらに、NGF以外にも数多くの神経栄養因子の存在が知られているので、これらのシグナル伝達の遺伝的な異常により神経系の発生や分化の異常および疾患が起る可能性も考えられ、今後の遺伝性神経疾患の原因究明へ向けての手がかりを与えるものと期待される。
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