研究概要 |
近年、血液脳関門(BBB)を形成する脳毛細血管内皮細胞には、MDR1、有機アニオン輸送系、モノカルボン酸輸送系などが存在し、脳からの薬物排出ポンプとして機能していることが明らかにされつつある。本研究の目的は、このような排出輸送系を有効利用した新しい薬物脳送達法を開発すること、及びその評価系を確立することにある。本年度は、アルツハイマー型痴呆症治療薬としての可能性を秘めた非ステロイド系抗炎症薬ケトプロフェン(KT)(McGeer,P.L.et al.,Ann.NY.,Acad.,Sci.,777,213(1996)について、BBB排出輸送系を制御した脳移行性改善法の開発に挑戦し、以下の成果を得た。 1)マウスにおけるKTの脳組織/血漿中濃度比は血管内容積の数倍程度であり、脳移行性は極めて制限されていることがわかった。このKTの脳移行制限性の原因について詳細に検討した結果、血漿蛋白との高い結合に加えて、血液側からの脳取り込み、速度が遅いこと、及びBBBを介して脳から積極的な排出を受けているためであることがわかった。2)脳移行性に関するこれらの欠点を克服するために、KTのカルボン酸側鎖にグリセロール基を導入したプロドラッグ、1,3-diacetyl-2-ketoprofen glyceride(DAKG)を合成し、脳へ取り込みが上昇するかについて検討した。その結果、DAKGはKTに比べて約50倍ものBBB透過速度を持つことがわかった。3)脳に取り込まれたDAKGは実質内で速やかに代謝され、効率よくKTを放出することがわかった。4)KTの脳からの排出を抑制するために、有機アニオン輸送系の阻害剤であるプロベネシドをDAKGと共に静脈内投与したところ、KTの脳内滞留時間はDAKG単独投与に比べ約2倍、KT投与の約30倍にも延長し、優れた脳移行性改善効果が認められた。以上は、血液側から脳への取り込みのみに焦点をあててきた古典的脳移行性改善法に対し、脳内からの排出をも制御しようと試みた方法であり、薬物の脳送達法や創剤戦略に新たな視点を提供するものと考えられる。
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