ヨーロッパにおけるアトラス〈地図帳〉の歴史は、古代ローマにおけるK.プトレマイオスの『地理学』付載の地図集にまで遡るが、それはルネサンス期に甦った。また大航海時代による世界認識の拡大は、新たなアトラスへの期待を醸成し、そうした状況下で誕生したのがA.オルテリウスの『世界劇場』であった。これ以降G.メルカトルの『アトラス』(1595年)を頂点として、約100年間にわたる「アトラス世紀」が現出した。現代の日本においても、学校地図帳はじめ各種地図帳の原型となっている『世界劇場』や同時代のアトラス類の今日的意味を問い直すことは、大きな意義を有すると考える。 本研究は、以上のような問題意識のもとに、(1)準備段階としてプトレマイオス『地理学』をはじめ、オルテリウス『世界劇場』、メルカトル『アトラス』などの諸版の調査、(2)序文やテクストにみられる各編纂者の思想の解読、トレース図作成による収録地図の分析、各図とそれに付載されたテクストとの照合、(3)各アトラスとオルテリウスの『世界劇場』との比較考察、などを行なった。従来、近代以前の地図ないしは地図帳の研究では、地図自体のみが研究対象とされてきたが、本研究では原点に立ち返って地図をそのテクストとともに解読する努力を試みた。 この結果、近世のアトラスが単に空間的に世界を表現するだけでなく、地図帳編纂者自らの世界観から宗教観、宇宙観を表明し、またオルテリウスの商業的関心から、メルカトルの科学的関心に至るまでの間にさまざまなレヴェルの基本的編纂方針が存在したことが明らかになってきた。
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