我々は数年前よりペプチドの血液脳関門透過研究に取り組み、従来極めて困難とされていたペプチドの脳輸送を可能とする一つの道を拓くことができた。昨年度、これまでに合成したペプチドのなかで、最も優れた透過性を示したMeTyr-Arg-MeArg-D-Leu-NH-(CH_2)_8NH_2(001-C8)に、NBDを導入した化合物001-C8-NBDを調製した。共焦点レーザー顕微鏡の使用により、このペプチドが細胞膜表面上の負電荷部分との静電的相互作用により血液脳関門を透過する機構をはっきりと視覚的に解明することが出来た。さらに、この誘導体が001-C8よりもはるかに高い血液脳関門透過性を示したことから、ペプチド鎖にオクタンジアミン(C8)とNBDを結合させると分子の塩基性と脂溶性のバランスがとれて、血液脳関門透過性が良くなるのではないかと推定された。この結果に基づき、生理活性ペプチドとして重要ではあるが、血液脳関門を全く透過しない甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)と鎮痛ペプチドキョートルフィン(KYO)に、それぞれC8とNBDを結合させたペプチドを合成した。これら2種のペプチドの血液脳関門透過性試験の結果、前者は分子の脂溶性に基づく受動拡散により透過し、一方、後者は予想に反して全く透過性を示さないということがわかった。 以上の結果、我々が当初考えていた血液脳関門透過性ペプチドのデザインに関して、新たな見直しを迫られることとなった。しかし、TRHの類縁体が透過機構は異なるけれども血液脳関門を透過したことは十分評価すべきと考えている。このように、血液脳関門透過性ペプチドに関しては、一応の成果を上げられたものの、今後の新たな展開を目指して検討すべき時期に来たと考えている。 その他、脳腫瘍の中性子捕捉療法を目指したホウ素含有アミノ酸p-ボロノフェニルアラニンと3種の親水性アミノ酸とのジペプチド合成ができた。現在、これらの水に対する溶解度を調べているところである。さらに、これらのペプチドを用いた腫瘍の治療に関する研究を、いよいよ来年度には京都大学原子炉実験所で実施したいと考えている。
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